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zoom RSS  高野山と遺伝子多様性 

<<   作成日時 : 2011/06/20 11:19   >>

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画像 5月下旬のある日、二十数年ぶりに和歌山・高野山を訪れた。広大な墓所は、まさに呉越同舟の様相、日本には民族戦争や宗教戦争がなかった証しであると感じた。見掛け上はそのような争いの色彩を感じさせるが、日本人の多神教的な心の在り様から見ると、権力争いと領土争い(食料争い)に過ぎなかったのではないかと納得した。
 それにつけても思い出されるのは、出雲の国譲り神話である。オオクニヌシの次男タケミナカタはアマテラスオオミカミに出雲を譲れと迫られ、反抗する。戦に破れたタケミナカタは信州・諏訪の地に逃れて、諏訪神社の神となった。それまで諏訪には縄文の土着神ミシャクジがいたが、タケミナカタと共に諏訪神社の神々として崇められた。つまり狩猟採集民族である縄文人と農耕民族たる弥生人が共存の道を選んだことを象徴している。
 日本人は、過去10万年前以降、出アフリカを果たした現生人の祖先たちが時と経路をことにしながら日本列島に辿り着き、ユーラシア大陸やそのほかの地域に拡散して一神教的社会を築いた人々とは異なり、敗者を徹底殺戮することなく、縄文人も弥生人も融和共生する多神教的な社会を創った。それが現日本人の精神文化的バックボーンになっていると思う。日本人は、出アフリカを果たしたホモ・サピエンスの中で、最も遺伝子の多様性に富むと言われているが、そのことが現日本人の精神的な習性と深く関わっているのかもしれない。時として、一神教的社会とは異なる精神文化と対比して、曖昧だとか、定見がみえないとか、日本人の姿勢や言葉などが問われることがあるがが、むしろそれは、異文化に対する豊かな包容力を持つ稀有な民族性に由来すると考えるべきなのかもしれない。
 高野山にしても神話の世界の話にしても、一神教的精神文化を持つ社会では先ず起こりえない事象の証しではないかと思った次第である。

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